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ジョニー大倉さん死去 矢沢永吉との確執解けぬまま..... [芸能・エンタメ]

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ジョニー大倉さん死去(享年62歳) 肺がんと闘病中だったが11月19日 午後に肺炎により容態が急変し肺機能停止、救急処置の甲斐なく妻のマリーさんや息子、親戚らに見守られながら....安らかな最期だったという。

矢沢永吉との確執は解けぬままだった.....

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http://sittaratokudane.blog.so-net.ne.jp/2014-11-2...

その矢沢は所属事務所を通じ「非常に残念です。心からお悔やみ申し上げます」とのコメントを発表。

簡単なコメントの背景にはキャロル時代からの約40年間にわたる怨讐がある。

デビューから11ヶ月を経た人気絶頂の73年11月、ドラッグに依存していたジョニー大倉がツアーを放り出し失踪、発見されたのは川崎市の病院で2ヶ月後のことだった。

これに矢沢が激怒し、崩壊したバンドはわずか2年半で解散に追い込まれた。

その後もジョニー大倉は「キャロルは矢沢だけのものじゃない。3人(ジョニー、内海、岡崎)は矢沢のバックバンドじゃない」などと発言し、「WHO IS CAROL」という名のライブや、暴露本まで出版して矢沢の独占的な版権管理にかみついた。そんなことから、2人の間には決定的な深い溝ができてしまった。一方では「確執も誤解が多かった。価値観の違いは相いれなかったけど、強い友情で結ばれていた」などとも話しているが、ジョニーが一方的に矢沢に対する不満をぶちまけているだけなので、確執ではないという声も。

関係者は「ジョニーは矢沢さんのことが大好きなんです」と証言していたらしい。

そんな、二人ではあったがジョニー大倉は心の底では望んでいた雪解け、その日が訪れる事はなかった。

二人とも、在日韓国人であるが矢沢はそれを明らかにしていない、そのへんもジョニー大倉は面白くないらしい。

岩城滉一も在日韓国人、岩城滉一と館ひろしがメンバーだったグループ、クールスのデビューシングルのA面は矢沢の作品でB面はジョニー大倉の作品って知っていました?

お互いに認め合っている部分もあったのではないかとも思います。

そして、ここに48年発売予定のシングルをジョニー大倉とキャロルのメンバー・スタッフが打ち合わせをしている音声がありまして「ファンキー・­モンキー・ベイビー」試作1,2号完成までの過程が分かります。

※伝説のロックバンド「キャロル」は、マッシュルームヘアのビートルズに強い影響を受けた矢沢永吉(ベース、ボーカル) リーダー、デビュー前のリーゼントヘア時代のビートルズに強い影響を受けたジョニー大倉(サイドギター、ボーカル)が出会い、ギターの内海利勝、ドラムスのユウ岡崎(今井茂利(いまいしげとし、ドラムス) - 結成からデビュー前まで)4人で編成された。

私も8トラックカセットで車を運転しながら良く聞いていました。県立柏陽高等学校出身の秀才 内海利勝 のギターが好きだ。

♪酔った振りしながらキッスのチャンスを
さがしたのは本気だったからさ......

「ファンキー・モンキー・ベイビー」ではなく「ウイスキー・コーク」を思い出した。

ご冥福をお祈りいたします。


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